DIONNE WARWICK in Paris/Dionne Warwick (1966年)
ディオンヌ・ワーウィック初のライヴ・アルバムです。パリのオランピア劇場でのライヴ録音盤。バカラック作品を4曲収録!
(画像は全てクリックすると大きくなります。PC以外では上手くいきませんが^^;)

Original LP front cover/back cover
所有CDのジャケットの表/ケースの裏
全10トラック中、バカラック作品は4トラック
1. I LOVE PARIS
2. C' EST SI BON
3. MESSAGE TO MICHAEL
4. A HOUSE IS NOT A HOME *
5. WALK ON BY
6. OH, YEAH, YEAH, YEAH ~ with Sacha Distel ~ #
7. THE GOLD LIFE #
8. LA VIE EN ROSE #
9. YOU'LL NEVER GET TO HEAVEN (IF YOU BREAK MY HEART) *
10. WHAT'D I SAY
* French
# English and French
収録時間約32分
ディオンヌ・ワーウィック初のライヴ・アルバムです。1966年初頭、フランスの大人気スター、サッシャ・ディステルの共演者として、パリのオランピア劇場に5週間出演していた時のライヴ録音です。
所有CDのライナーによると、 ─ ディオンヌがオランピア劇場で初めて歌ったのは1963年の終わりごろ。マレーネ・ディートリッヒのステージに立ち、デビュー曲の 「 ドント・メイク・ミー・オーヴァー 」 や、シングルをリリースしたばかりの 「 恋するハート 」 を歌った。ディオンヌの歌は観客を魅了し、当時のフランスの新聞はディオンヌを “黒い真珠” と呼んだ。 ─ などの記述がありました。ここはディオンヌにとって縁のあるホールだったんでしょうね。
その
オランピア劇場 は、フランスのパリ9区にある老舗ミュージックホール。1954年に開業した約2000席を収容する劇場。ちょいとネットから外観と内部の画像を拝借して貼り付けました。なかなか趣あります。ちなみに、今後の公演カレンダーをチェックして知ってる名前だけピックアップ。2/10: ポール・アンカ、2/18: ジョー・ジャクソン、2/20: アート・ガーファンクル…。ほぉ~、豪華ですな~。
本アルバムの収録曲は10曲。パリだからでしょう、コール・ポーター作のT-1. 「 アイ・ラヴ・パリ 」 、シャンソン歌手、エディット・ピアフのT-8. 「 バラ色の人生 」 なんて曲を取り上げています。バカラック作品は4曲ですが、そのうち2曲はフランス語で歌っています。では、例によってバカラック作品を紹介してまいります。
T-3. 「 マイケルへのメッセージ 」 : 本アルバムをリリースする直前、ディオンヌはこの曲のシングルをリリース(SCE 12133、A面)しているのですが、このトラックはライヴ録音じゃなくてどうもそのシングル盤の音源に拍手を重ね録音したもののようです。音質は良くないですけど、歌唱も演奏も一緒ですもん。
この曲をディオンヌが歌うにあたって一悶着あったのですが、その話は後述します。
T-4. 「 ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム 」 : ディオンヌはフランス語で歌っていますが、あまり違和感ありません。しっとりしてる曲だからか、まったりしたフランス語と相性いいようです。バックの演奏も、レコードのアレンジをよく再現していると思います。
T-5. 「 ウォーク・オン・バイ 」 : この曲は英語で歌っています。バックのアレンジそのものはレコードを模したものなのですが、録音が悪いせいか全体的に演奏が雑で特にギターとベースの音がチープで貧弱なのがなんとも残念。ディオンヌの歌唱はライヴ的なノリを醸し出しているのですけれど。
T-9. 「 ユール・ネヴァー・ゲット・トゥ・ヘヴン 」 : T-4. と同様、ディオンヌはフランス語で歌っています。これまたT-4. と同様、レコードのアレンジをよく再現していると思います。あまりにT-5. との差(音質や演奏)が大きいので、もしかしたらT-4. とT-9. はライヴ録音じゃなくてスタジオでフランス語版をスタジオで録音したものにあとから拍手を被せた可能性が高いですね~。このあたり、坂口修氏が監修されている日本盤リイシューCDであれば、ライナーで詳しい解説が載っているのでは…と思います。どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントに情報をお寄せくださいませ。
録音機材のせいなのか録音技術がまだ未熟だったのか、はたまたマスターテープの劣化がヒドイからなのか、所有CDは全体的に音質がよろしくありません。Rhino が関わってるから海賊版みたくレコード盤からCD化したなんてこともないでしょうし。非常に残念です。フランス語で歌ってるディオンヌというのは貴重かもしれませんが、このアルバムはあまりお勧めできません…。
「 マイケルへのメッセージ 」 をめぐる一悶着
まずはイントロダクションとして、この曲には複数のタイトルが存在することを説明します。
1962年、ジェリー・バトラーが 「 MESSAGE TO MARTHA (マーサへのメッセージ) 」 のタイトルでレコーディング。作詞はハル・デイヴィッド。ただし、アルバムの中の一曲として1963年12月にリリースされるまで、世に出ることはありませんでした。
1962年の暮れ、マレーネ・ディートリッヒが 「 KLEINE TREUE NACHTIGALL (クライネ・トロイエ・ナハティガル) 」 というタイトルでレコーディングし、4枚入りEPとしてドイツでリリース。バトラー版の演奏トラックにマレーネの歌を吹き込んだものでした。ドイツ語詞は Max Colpet が書き、曲名は、「 誠実でかわいいナイチンゲール 」 という意味。
1964年、今度はルー・ジョンソンが、「 KENTUCKY BLUEBIRD (ケンタッキー・ブルーバード) 」 というタイトルでシングルをリリース。“ Spread you wings for New Orleans Kentucky bluebird fly away and take a message to Martha ” という元の歌詞のとおり、メッセージを届けるのはケンタッキー・ブルーバードの役目。それをタイトルにしたんですね。
─ 4年後、ディオンヌが 「 MESSAGE TO MARTHA (マーサへのメッセージ) 」 をうたいたいと言い出し、けれどももっぱら男向けの曲だと思っていたハルとわたしは、なんとか思い止まらせようとした。その途中でハルは彼女に、「 マーサ 」 の代わりになる男性名は 「 マイケル 」 ぐらいしかないと告げた。だがハルがその名前はあまり気に入っていないと言い添えていたにもかかわらず、彼女はこの曲を 「 MESSAGE TO MICHAEL (マイケルへのメッセージ) 」 としてレコーディングしてしまう。彼女のヴァージョンはポップとR&Bの両チャートで、トップ10ヒットとなった。 ─ 『 バカラック自伝 』 より引用
実は、オランピア劇場で歌うサッシャ・ディステルのために用意された曲の中に 「 MESSAGE TO MARTHA (マーサへのメッセージ) 」 が含まれていました。ディオンヌは、ディスティル用の演奏トラックを自分のレコーディングに使おうと考えます。しかし、前述の通りバカラックとデイヴィッドの反対に遭います。ディオンヌはどうしてもレコーディングしたかったんでしょう。パリのレコーディングスタジオで、ディステル用の演奏トラックに自分の歌を吹き込んじゃいました。それが1966年3月にシングルとしてリリースされた訳です。
5週間のパリ滞在がなかったら、「 マイケルへのメッセージ 」 は生まれなかったんですねー。
【データ】
『 Dionne Warwick in Paris 』
Dionne Warwick
LP:1966年4月14日リリース (所有CDは、2007年5月15日リイシューのUS盤)
レーベル:SCEPTER (所有CDは、Collectors' Choice Music)
番号:SPS 534 (所有CDは、CCM-756)
Produced by Burt Bacharach & Hal David
リンク先消滅したためリンク貼り直し(2024/2/4)
Amazonリンク(リイシューCD)(リイシュー 4 in 1 CD)
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